ON THE ROAD~プチひきこもりの明日に架ける橋

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浜田省吾ヒストリー③ アルバム「ILLUMINATION」

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浜田省吾さんの歴史を振り返るコーナー、3回目の今日は…。

 

アルバム「ILLUMINATION」

 

Illumination

Illumination

 

 

セカンドアルバムから、楽曲のテイストがポップに変わり、省吾さんが目指していたロックとは、だいぶかけ離れていってしまいましたが。

方向転換して色々と試みてみたものの、売れ行きは、あまり芳しくなかったようでした。

当時、テレビでは「ザ・ベストテン」が猛威を振るっていて、そこには原田真二さんなどがブレイクされて出演したりしていたので

省吾さんは「自分の時代はこないまま終わって、自分は成功しないんじゃないかな」と感じたりしていたようです。

ちょっと自信を失いかけていたようですね。

 

それでも、3枚目のアルバムを作ることが出来たと言うことは、少しずつ手応えを感じられたからでしょうね。

 

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この3枚目の「ILLMINATION」と言うアルバムは

アップテンポの歌や少しロック調な歌もあり

セカンドアルバムより、色々な要素を取り入れているように感じます。

もちろん、省吾さんがメロディーメーカーとして得意とするバラードも入っていて

聞きやすいアルバムになっていると思います。

 

このアルバムの中に、私が省吾さんのファンになったキッカケの曲でもある「片想い」が収録されているんですよ(^-^)b

その際には、私が初めて、その歌を知った時より、だいぶ前に作られた作品だったんだなぁっと感じました。

 

ファンになったキッカケについては↓こちらに記載しています。

 

bluesky-18-tt.hatenablog.com

 

「片想い」と言う歌は、省吾さんにとっても、壁にぶつかっていた時に出来た歌と言うこともあり、スランプから抜け出す機会になった記憶に残る歌でもあったんだと思います。 

片想い(1978)

片想い(1978)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

その「片想い」について、省吾さんはこんな風に語っています。

 

 

『LOVE TRAIN』を作った後、自分のやりたいことと、やってることのギャップが大きくて、必ずしも音楽的状況じゃない、色々な世界のものが見えてきて、壁にぶつかった。

そして、とうとう『LOVE TRAIN』以降、「木枯らしの季節」(シングル曲)を1枚出したまま、曲が全然出来なくなってしまったんです。

で、3か月くらい旅行したりとか、ぶらぶらしていて、最初に作ったのが「片想い」かな。

それで、その時初めて水谷さん(アレンジャー)とやろうということになったわけでね。

で、ロックウェル・スタジオで自炊などしてるうちに、だんだん打ち解けてきて、スタジオ・ミュージシャンのメンバーたちが、特に気に入ってくれたのが「散歩道」だとか「片想い」とか、そういう曲。

「結構、いい曲書くじゃない」みたいな感じで(笑)

 

(著書「浜田省吾事典」より)

 

 

そんな風に、誰かに認めてもらえたことで自信もついてきて、また曲が作れるようになって、このアルバムは完成したんでしょうね。

 

他にも、やりたいことと、やっていることにギャップを感じて

ジレンマを感じていた心情などは「MIDNIGHT BLUE TRAIN」と言う歌の中にも綴られていて

その曲についても、省吾さんは、こんな風に語っています。

 

 

ツアーの旅先で1つ1つの歌に詞をつけていって、1番最後に出来たのが、この曲。

だから、このアルバムでは1番の核になっている。

生ギターを持ってコンサートをしていた頃で、だから歌詞の中に迷いとか、苛立ちとか、焦燥感とかが、いっぱい入っている。

 

(著書「浜田省吾事典」より)

 

 

この歌は、私自身も人生に失敗して、挫折を味わった時に共感した歌でもあり

どうしたらいいんだろうか?と迷い悩み、足掻いてる気持ちを代弁してくれているようで、聞いていて救われました。

そういった想いは、ほとんどの人が抱く感情でもあると思うのですが。

ミュージシャンの福山雅治さんも、この歌が好きだったようで

デビュー前に上京する際に聞いたりしていたそうです。

そして数年前にトリビュートアルバムを制作した際に、この歌もカバーされて収録されていました。

 

 

ミッドナイト・ブルートレイン(1978)

ミッドナイト・ブルートレイン(1978)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

そうやってスランプに陥りながらも、迷いを拭って制作したアルバムだったようです。

 

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アルバム収録曲は

  1. 涙あふれて
  2. GOOD NIGHT TOKYO
  3. 片想い
  4. 恋人達の舗道
  5. 汐風の日々
  6. 25番目の夢
  7. ガラスの恋
  8. 散歩道
  9. からっ風のララバイ
  10. MIDNIGHT BLUE TRAIN

 

このアルバムの中で、私が好きな曲は

  • 涙あふれて
  • 片想い
  • 恋人達の舗道
  • 25番目の夢
  • 散歩道
  • MIDNIGHT BLUE TRAIN

 

涙あふれて(1978)

涙あふれて(1978)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

恋人達の舗道(1978)

恋人達の舗道(1978)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes 

 

25番目の夢(1978)

25番目の夢(1978)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes 

 

散歩道(1978)

散歩道(1978)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

そして、このアルバムについて、省吾さんは、こう語っています。

 

 

このアルバムは、その後ずっと付き合うことになる水谷公生さんと佐藤準さんに出会ったというのが凄く大きかったですね。

当時みんなツンツンのスタジオ・ミュージシャン・エリートって感じで。

僕が25才ぐらいで、佐藤準さんが23才くらい。

生意気盛りで(笑)

レコーディングは大変でしたよ。

今でも、その時の話をして大笑いするんですけど。

でも音楽はプロの音になってますよね。

この当時はレコードにはバンドが入ってるけど、ステージでは生ギターでやってる時代で、レコードも売れなくて「MIDNIGHT BLUE TRAIN」なんていうのは、その頃の気持ちが出てますよ。

ジャケットは京王プラザなんです。

住んでるところは、環七のそばのちっちゃなアパートで、羽根木公園とかあの辺をウロウロ歩きながらメロディーを作たんです。

大嘘だよねぇ(笑)

ジャケットだけ京王プラザ。

お前は矢沢永吉か、なんて(笑)

矢沢永吉のフィルム・コンサートの前座で歌ったりしてた時代ですよね。

この途中で、ずっとやってくれていたディレクターの蔭山さんが人事異動で販促に変わって、僕はえらく怒りました。

この頃からポップなメロディーを書く浜田省吾というのが求められていたわけです。

でも、それを跳ね返して「いや、俺はこうだよ」と言うキャリアもなかったし。

身近な人から、そう言われて、そうなのかなぁと思いながらやってたんだけど、だんだん出来なくなってきた。

それが、次の『MIND SCREEN』でピークに達するんです。

 

(著書「浜田省吾事典」より) 

 

 

本当に苦悩して葛藤した時期だったんだなと思います。

自分がやりたいことを伝えることも出来ずに、やりたくないことを求められてやらされて

ミュージシャンとしては、最も苦痛だったと思います。

目指す音楽のジャンルが違うんですから、曲が生み出せなくなっていくのも当然ですよね。

 

今では省吾さんのライブのチケットをゲットするのも困難なのに

矢沢永吉さんのフィルムコンサートの前座をやっていたというのも

何だか不思議な感覚です。

 

そんな風に、だんだんポップな曲が出来なくなっていく省吾さんですが

次のアルバムでは、どうなってしまうのか?

そのお話は、またまた次回に続きます(*^_^*)

 

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